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Profile

 
 
全国書店にて発売中
 

 

バランスライフ・ファシリテーター
鈴木 淑子( Suzuki Yoshiko ) 
 
じぶんの手で仕事や商いを生み育てている方々のビジネスだけの成功や充実を目指すだけではなく、「大好きな仕事と暮らしで創る」バランスライフ・マネジメントでサポートしています。
 
三代続く町工場の長女に生まれ商店街に育つ。 
子どもの頃に「人はなぜ生まれ、なぜ平等ではないのだろうか」、「自分とは何者なのか」という疑問がわき、ライフワークの原石が芽生え独学で探求を始める。社会人として様々な実務経験を積みながら、世の中の本質を求め国内外のメンターから学び研鑽。
 
2008年、親族の闘病生活をきっかけに働き方の変更を余儀なくされる。細切れ時間を活用し、ライフワークで起業を決意。ライフ・ナビゲーターとしてあらゆる人生の問題に向き合い、延べ1,000名以上をサポート。しかし、一人何役もこなさなければならない、仕事以外にもやらなければならないことを多く抱えた状況で活動を続けることはむずかしく、既存のビジネステクニックやノウハウに挑戦するが迷走。
紆余曲折を繰り返しながらもこのような環境下で実践できる仕事の進め方や商いの在り方「じぶんサイズ起業」のノウハウを確立。
 
さらに長年のライフワークで培ってきた人間の本質についての探求と宇宙問答。これらを独自にキュレーション(情報収集や整理)し、生まれた本質からライフシフトする「インスピレーション・マネジメント」を実践、提唱。大好きな仕事や暮らしを通して成長し、その生き方に自信を持ち活躍することを応援しています。 
 
趣味 カフェ巡り MBT(Masai Barefoot Technology=マサイの裸足のテクノロジー)ウォーキング
 
 著書  じぶんサイズで起業しよう!(青山ライフ出版/SIBAA BOOKS)


全国書店にて発売中

バランスライフ・ファシリテーター
鈴木 淑子( Suzuki Yoshiko ) 
 
じぶんの手で仕事や商いを生み育てている方々のビジネスだけの成功や充実を目指すだけはでなく、「大好きな仕事と暮らしで創る」バランスライフ・マネジメントでサポートしています。
 
三代続く町工場の長女に生まれ商店街に育つ。 
子どもの頃に「人はなぜ生まれ、なぜ平等ではないのだろうか」、「自分とは何者なのか」という疑問がわき、ライフワークの原石が芽生え独学で探求を始める。社会人として様々な実務経験を積みながら、世の中の本質を求め国内外のメンターから学び研鑽。
 
2008年、親族の闘病生活をきっかけに働き方の変更を余儀なくされる。細切れ時間を活用し、ライフワークで起業を決意。ライフ・ナビゲーターとしてあらゆる人生の問題に向き合い、延べ1,000名以上をサポート。しかし、一人何役もこなさなければならない、仕事以外にもやらなければならないことを多く抱えた状況で活動を続けることはむずかしく、既存のビジネステクニックやノウハウに挑戦するが迷走。
紆余曲折を繰り返しながらもこのような環境下で実践できる仕事の進め方や商いの在り方「じぶんサイズ起業」のノウハウを確立。
 
さらに長年のライフワークで培ってきた人間の本質についての探求と宇宙問答。これらを独自にキュレーション(情報収集や整理)し、生まれた本質からライフシフトする「インスピレーション・マネジメント」を実践、提唱。大好きな仕事や暮らしを通して成長し、その生き方に自信を持ち活躍することを応援しています。 
 
趣味 カフェ巡り MBT(Masai Barefoot Technology=マサイの裸足のテクノロジー)ウォーキング

詳しいプロフィール

人間の本質の答えを求め、独自にキュレーション

 生い立ち (ライフワークの原石が生まれる)

三代続く町工場に生まれ商店街に育ち、「なかよし」とぬいぐるみが大好きなの女の子。私たち家族は、町工場からすぐ近くのアパートに住んでいました。そのアパートの中で一番年上だった私は、きょうだいはもちろんのこと、子どもたちの子守りや遊び相手でした(後ろの列の左から2番目)。
 一方、親と一緒に楽しみにして見ていたテレビドラマがありました。花登筺(はなと こばこ)の小説作品『どてらい男』(西郷輝彦さん主演/1973年放送)

「故郷の福井から出て来た主人公山下猛造が、大阪、立売堀の機械工具問屋に丁稚奉公に入り、親友・尾坂と共に働き、大石将軍らに鍛えられ、主人や番頭からいじめられながらも商人(あきんど)として成長、戦争時代を経て、戦後は自分の店を持ち、大成してゆく物語」出典:ウィキペディアより一部抜粋

小学生ながら、主人公が商人(あきんど)として成長していく過程、商人魂を手に汗を握り、ワクワクしながら見ていたことを覚えています。 

 「なぜ、なぜ、どうして?」答えを探して 

四人きょうだいの長女として生まれた私は、「お姉さんなんだから我慢しなさい」「家族なんだからきょうだい仲良くしなさい」「うちはサラリーマンの家庭とは違うんだぞ」と言われるたびに『なんで? なぜ? どうして?』と大人たちに質問を投げかけました。子供ながらにも納得できる答えがほしかったのです。しかし、その疑問、質問のほとんどは「じぶんで考えなさい!」と大人たちに片づけられていました。 
 
「人はなぜ生まれて来るのか。なぜ平等ではないのか」ライフワークの原石が心に浮かんだのです。「私はなぜこの家に生まれたのか」「なぜ長女として生まれたのか」。そもそも「人はなぜ生まれて来るのか。なぜ平等ではないのか」「家族とは何か」

 模擬店とピンクレディーと自問自答 

文化祭のたびに模擬店を企画。「どうしたらお客様に喜んでもらえるのか」「来店、購入数が増えるのか、利益が出るのか」と仲間たちと真剣に悩みながらもワイワイ、ワクワク。
また、その頃にはピンクレディーが大ブーム。ファンクラブに入り、友人たちと教室の後ろでよく踊り、後楽園のさよならコンサートにも行くほどでした。
 
しかし一方では、学校や家庭生活で起こるさまざまな問題について友人たちと「あーでもない、こーでもない」と悩み、より良い答えを探していました。しかし、私が知りたいは見つかりません。私が知りたい答えとは、表面的な対処方法ではなく、もっと普遍的で、もっと深く人間に共通するような答えです。その答えの入口に出会うのは、20年も先のことでした。

 優秀社員賞を受賞するが退社。迷走のはじまり 

短大で流通論を学び、接客の経験を生かして第一志望の大手百貨店に入社。同社の優秀社員賞を受賞するが、理想と現実とのギャップに折り合いをつけられず退社。
入社したら寿退社か、定年まで働くのが当たり前な時代。入社早々退職した私は「負け組」というレッテルが貼られ、家族や周囲から冷たい視線を感じ挫折感を味わいます。

エライお坊さんなら答えを知っている!?

「退職は挫折なのか。挫折するとはいけないことなのか」「私は何をしたいのか?」「そもそも私とは」 と疑問がわきました。そして、子供の頃からの疑問、質問がまた沸いてきたのです。
「わたしはなぜ生まれてきたのか?」「なぜ人は平等ではないのか」
エライお坊さんならその答えを知っているのではないかと法話を聞いたり、言われる通りに写経をしてみても知りたい答えは見つかりませんでした。そんなとき、

 映画 大霊界と丹波哲郎  

心霊学と霊界研究家としても知られる俳優 丹波哲郎さんの映画「大霊界」が上映され、「丹波哲郎の不思議世界」(テレビ東京)で放送されました。そこで語られることは私にとって驚きの連続。もっと知りたい、もっと知りたいと書籍を読んだり、講演会や勉強会に通ったり、エドガーケーシーなどの関連書籍をむさぼり読みました。絶版されていた本は、古本屋めぐりをしてかき集めました。インターネットが普及していない時代です。

 目の前の生活に喜怒哀楽。質問を忘れた時代 

法律事務所秘書や国内・海外添乗員、大手保険会社、大手都市銀行などいくつもの職種や職場を経験。目の前のことを頑張って取り組み、「努力すれば報われる」という観念で自分の心の声に耳を傾け、俯瞰(ふかん)せずに目の前の生活に喜怒哀楽を繰り返していました。

 さすらいの旅人。偽装出勤の日々 

30代後半に入るとそれまで途絶えたことがなかった長期契約の仕事(派遣)がパタリとなくなりました。即戦力に自信があったのですが、全くもって次の仕事が見つからない。
仕方なく短期の仕事でつなぎ、失業保険のお世話になり、一人暮らしから実家に戻ることにもなりました。しかし、「親を心配させてはいけない」「仕事もすぐに見つかるだろう」と求職中であることを隠し、偽装出勤をして毎朝、家を出ました。仕事をしているかのように偽装出勤するのです。
求職活動をしながら街をよく歩きました。公園でお弁当を広げるとそこには同じようなサラリーマンの姿も!?。さすらいの旅人です。
仕事運は氏神様にご利益があると聞くと、「仕事が見つかりますように」と神頼み。スキルアップの職業訓練を受け、先祖にお墓参りをしても長期の安定した仕事が見つかりません。このような状況が数ヶ月続くとさすがに心もからだも疲れ、複数の図書館で1日を過ごすようになりました。
 
図書館での静かな時間は、忘れていたこと、あの質問を思い出したのです。状況が状況だったので自問自答も深刻です。「仕事が見つからないのは、カルマなのか」「私は何をしているのだろうか」「わたしはなぜこの世に生まれてきたのか」「このまま野垂れ死したら、死んだらどうなるのか」「そもそも死とは何か」・・・。 
子どもの頃からの疑問がまた大きく私の前に出てきたのです。

 近代スピリチュアリズムと出会う 

ここは図書館。きっとどこかにヒントがあるはず。人生の諸問題の答え、世の中の本質の答えを探そうと図書館の本を手当たり次第探し読み、そこで「近代スピリチュアリズム」という考え方に出会いました。
そこには長年私が疑問に思っていた「人はなぜ生まれるのか。なぜ平等ではないのか」に対する一つの答え、考え方があったのです。
「近代スピリチュアリズム」は、私にとって納得ができる、受け入れることのできる答えでした。20代の頃出会った、心霊学と霊界研究家の丹波哲郎さんが話していたことも含まれていたのです。その当時は気付かず、いつの間にか離れてしまっていたのです。
 
「近代スピリチュアリズムを探求しよう!」と心に決めた途端、連絡が入りました。
 「ご紹介したいお仕事があるのですが」と登録していた派遣会社からの長期の仕事の紹介です。約1年にわたる私のさすらいの旅、偽装出勤生活からの卒業です。

 あらゆる疑問の答えが腑に落ち、人生のカラクリが解けた! 

近代スピリチュアリズムとの出会いにより、国内外のミディアムやマヤの流れをくむシャーマンなど複数のメンターから師事を受けながら知識だけではなく、こころや「たましいの乗り物」からだについて体験しながら探求を深めていきました。
それらは子供の頃から浮かんでは消え、また浮かぶ人生の諸問題の答え合せをしているかのようでした。
あらゆる疑問の答えが腑に落ち、人生のカラクリが解けた!毎日が愉しい! これでワクワクした人生が送れる! 

The Harry Edwards Healing Sanctuary. UK
 
The Spiritualist Association of Great Britain

 ライスワークとライフワークのアンバランスで体調を崩す 

しかし、ワクワクした日々も長くは続きませんでした。
ライスワーク(生活のための仕事)ライフワーク(天職)のアンバランスで体調を崩してしまったのです。
仕事(ライスワーク)とスピリチュアリティの探求や活動(ライフワーク)との両立により多忙を極め、原因不明のからだのしびれや胸の痛みで夜も眠れない状態になってしまったのです。内科や整形外科、心療内科。マッサージサロンや整体、カイロプラクティックなど次から次へと訪れ、この症状から抜け出せるなら何でもいいと思いました。しかし、一向によくならず、原因不明のまま、痛みでよく眠れない日々が1年も続いたのです。
「もう、次の治療法がない」と途方に暮れた時、東洋医学による総合治療(鍼、指圧他)や食事療法、自然治癒力の理論と出会い、劇的に改善。1ヶ月も経たないうちに痛みが引いていきました。「データや数値では現れない、わからないことがある」「健康はこころ、からだ、エネルギー体」の大切さを改めて知った体験でした。

 

その頃、金融機関で働いてた私は100%ライスワーク、生活のための仕事でした。お小遣いの中から捻出してライフワークに費やすという生活を送っていました。
「大好きなことを仕事に。ライフワークで働いている人たちは、恵まれた人で自分とは違う世界の人だ」と思い込んでいたのです。
と同時に、スピリチュアリティは精神的な、神聖なる考え方や活動でそこからお金をいただく、生業(なりわい)にするということはいけないという思考と感情が長く邪魔をしていたのです。たとえ、お金をいただいたとしてもドネーション(寄付)や心づけ程度が当たり前という考え方や教えにとらわれていました。心の奥では、そのような考え方や教えに異論はあっても深い、深い、怖れや罪悪感があり、生業にすることができませんでした。
ライスワークとライフワークは違うものと信じていたのです。
しかし、ライフワークを仕事にするきっかけ、タイミングが訪れました。それは自分の強い意志というよりも「そろそろライフワークを仕事にするタイミングですよ」とどこからかサインを送られているような流れでもあり、苦肉の策だったのです。

 大好きなことを仕事にすると決める 

「大好きな仕事を、天職を仕事にしよう。ライフワークを仕事にしよう」
そのきっかけは未来につながる働き方 じぶんサイズで起業しよう!(青山ライフ出版 SIBAA BOOKS 2017年刊行)にも書きましたが、弟のパートナー、義妹が「余命3ヶ月の宣告」を受けたことに始まり、私の働き方も見直さざるを得なくなってしまったからです。もし、義妹が他界した場合には、就学前の子どもたちを父親(弟)の実家で預かることが双方の親同士で話し合い決まったのです。その頃の私は一人暮らしから実家に戻り、とある都市銀行で派遣社員として働いていました。70代で現役自営業の父や生まれながら病弱で、義妹の看病疲れも重なり無理ができない状態の母。そこに二人の子どもたちとの同居生活は、このままフルタイムで働き続けることはできないと思ったからです。
 
「大好きな仕事を、天職を仕事にしよう。ライフワークを仕事にしよう」とカッコよく、強い意志で始めたわけではなく、いわば苦肉の策だったのです。
しかし、振り返ると「そろそろライフワークを仕事にするタイミングですよ」とどこからかサインを送られているような流れでもありました。
 
自分で仕事の量やスケジュールが調整できると同時に、好きなことややりたいことを仕事にすると選択したのです。宣告から5年後、義妹は二人の小学生を残し天国へ旅立ちました。そして、残された子どもたちと両親との同居生活がはじまったのです。

 紆余曲折から迷走から「じぶんサイズ起業」へ  

「大好きな仕事を、天職を仕事にしよう。ライフワークを仕事にしよう」と情熱を持って初めても当初は既存のビジネステクニックやノウハウにしばられ上手くいきませんでした。
三代続く町工場の長女として生まれ、親戚は自営業ばかりで商店街育ち。たとえ商人魂が好きだったとしても個人事業主としては数々の壁がありました。
もちろんある程度想定はしていましたが、そこは待ったなしで多くの課題や実践の場が、次から次へと投げられて来たのです。市場は容赦がありません。

私が出会った、教わった既存のビジネステクニックやノウハウは、 私のように一人何役もこなさなければならない、仕事以外にもしなければならないことを多く抱えた人には合わないものばかり。それらは、仕事を最優先できる男性か、働くことができる環境が整っている、バリバリ働くことに違和感のない女性向けのものばかりでした。
 

「これが当たり前なのかな」
「仕方がないのかな。私の考えが間違っているのかな。やっぱりライフワークを仕事はできないのかな」

 
私の迷走、紆余曲折が続きました。
ある時、とある女性起業コンサルタントの方にこの悩みを相談したら、小阪裕司さん(ワクワク系(感性価値)マーケティング実践会 主宰、情報学博士)の存在を教えていただきました。小阪さんの本を一冊読み終えるとそこには人の感性と行動を軸にした今までとは違った商売の極意が展開されていました。大いに共感することがあり、手に入るすべての本に目を通し、セミナーや講演会にうかがいました。さらに「幸せな経済自由人・大好きなことをやって生きよう!」と提唱している作家の本田健さんからも多くのことを吸収させていただき、紆余曲折を繰り返しながらも、私のように一人何役もこなさなければならない、仕事以外にもしなければならないことを多く抱える環境下でも実践できる仕事や商売の進め方や在り方で取り組んでいく「じぶんサイズ起業」を確立することにつながりました。未来につながる働き方 じぶんサイズで起業しよう!(青山ライフ出版 SIBAA BOOKS 2017年刊行)を出版。
じぶんサイズ起業は、私のように家事や子育て、看病、介護と「一人何役もこなさなければならない」「仕事以外にやらなければならないこと」を抱えても大好きなことを仕事にしたい、生業にしたい方のための未来につながる働き方の一つです。

 人間の本質の探求は宇宙へ 

大好きな仕事で起業したい、じぶんの手で仕事や商いを生み育てている起業家や個人事業主、経営者の方々へビジネス面のアドバイスをする一方で、延べ1,000名以上の方をスピリチュアリティな側面からライフ・ナビゲーターとしてアドバイスを行なってきました。
 
人間の本質の答えを求めて40年。その間、独自にキュレーション(情報を収集し、整理)してきたライフワークは、近代スピリチュアリズム・死後の世界を超え、ハワイの教えSITHホ・オポノポノをはじめ、バシャールやジャーメイン、サーシャらが伝える宇宙の叡智へと変化してきました。あるときメンターから次のようなアドバイスをもらいました。
 

「あなたはずっと子供の頃から宇宙に質問してきたんですよ」
「あなたが考え、感じたこと。経験や体験してきたこと。集めてきたスピリチュアリティ・宇宙の叡智をどのようにして日々の日常に活かすか、現実の世界で表現していくか。それがこれからの、次のステージです」
「アウェーなビジネスの世界でスピリチュアリティを融合することがあなたの役目。それがわかっていたのでは」

 
人間の本質への探求は宇宙問答へ。バランスライフ・マネジメントからさらに一歩掘り下げた、本質からライフシフトする「インスピレーション・マネジメント」セミナー開催。


経絡マッサージ・プロ養成コース認定
SITHホ・オポノポノ ビジネスクラス 修了
デニース・レスカノ「メンタル・ミディアムシップ上級クラス」終了
ヘンリー・カミング「ミディアムシップブートキャンプトレーニング」 修了
 

活動履歴

 
2018年

「本質からライフシフトする インスピレーション・マネジメント」セミナースタート(東京)※企画・運営/(株)ルネッサンス・アイズ

音声配信アプリ「Himalaya(ヒマラヤ)」にて無料配信スタート

2017年

ー大好きな仕事と暮らし いろいろ話そうー交流会 ナビゲーター

じぶんサイズ起業でわたしの「福業」みつけた!ーこれからの生き方、働き方ー講師

本田健ラジオミニセミナー「本田健の人生相談Dear Ken」7月5日配信分・第362回番組内にて『未来につながる働き方ーじぶんサイズで起業しよう!』をご紹介いただきました

「未来につながる働き方 じぶんサイズで起業しよう!」(SIBAA BOOKS/青山ライフ出版)発売。Amazon先行予約受付中。Amazonの「女性と仕事 」の人気ギフトランキング1位になりました! 

未来につながる働き方 じぶんサイズで起業しよう! (SIBAA BOOKS)発売

2015年

「学びを収入に変える技術」交流会開催

2014年

Teshigotofarmの活動を本格化

目覚めた意識で地球に暮らす定期勉強会開催(

「じぶんの中の宇宙(と出会う、つながる」ワークショップ開催

2013年

豊かさと実りを受けとる収穫祭2013開催

「子どもにも伝えたい!」ママの声から生まれた親子で学ぶ「いのちの教室」開催

実践スピリチュアル・レッスン(半年コース)

もっと学び続けたい、探求したい人のための勉強会 開催(通年)

2012年

「121212瞑想会」

スピリチュアル・セミナー/セカンド 開始(通年)

「3.11エネルギーワーク〜わたしたちができること〜」開催

2011年

シティリビング東京版コラム「今日から変わるスムーズ仕事術」に取材掲載

起業家や個人事業主向け「お金をいただくブロックを外す」ワークショップ開催

「111瞑想会」開催

2daysワークショップ「東日本大震災~日本へあなたへ未来からのサイン~」開催

2011年度 スピリチュアル・セミナー/ファースト 開始(通年)

2010年

「わたしが変わる仕事術ー 天職は探してはいけないー」ワークショップ開催

スピリチュアル・セミナー/セカンド 開始(通年)

2009年

スピリチュアル・セミナー/ファースト 開始(通年)

2008年

ミニセミナー開催(全4回)

ライフ・ナビゲーターとして活動開始


活動を応援しています

 

かものはしプロジェクトとの出会い

共同代表の村田早耶香さんの著書「いくつもの壁にぶつかりながら」を読みました。そこには村田さんが『かものはしプロジェクト』 を立ち上げるまでの紆余曲折が書かれ、その思いに共感したことがきっかけです。 

星の数ほどあるNPO団体の中でこの団体を選んだ2つの理由

◎子どもが売られない社会をつくる活動をしていることに共感
◎単なる理想論や机上の空論で活動している団体や、寄付を募ってお金を渡すだけの取り組みではなく現地の雇用を生み出し、将来的には現地の人たちだけで機能するようなしくみを作りつつ支援している団体であること
 
世の中にはいろいろな問題、課題があります。
私の心の中では、「子どもが売られる」行為がずっと、ずっと嫌でした。その記憶の源はわかりません。その気持ちから微力ながら活動を応援させていただいています。
 

 

カンボジア農村女性と創るブランド「SUSU」

勇気を持って次の一歩を踏み出そうとするときカンボジアでは、SuSu! と声を掛け合うそうです。SUSU代表の青木健太さんは、左記の「かものはしプロジェクト」の立ち上げメンバー。そして、「かものはしプロジェクト」から卒業され、2018年4月から新法人SUSUとして新しいチャレンジを踏み出すことを決意されました。
 

「より多くの人がワクワクを感じながら、前向きにその人らしく人生を歩んでいける世界を実現する」

カンボジアで今まで教育の機会にめぐまれなかった貧困家庭出身の女性たちが、ものづくりを通して自信を持って自分の人生を歩む世界の実現を微力ながら応援させていただいています。さらにSUSU誕生から丸2年になる2018年3月、新しい挑戦を始めています。ブランド名を「SALASUSU(サラスースー)」カンボジア語で「がんばって」という意味がある”SUSU”。そして”SALA”は「学校」という意味。微力ながら応援させていただいています。